老衰の猫さん、飲まず食わず13日目で亡くなりました。

老衰の猫さん、飲まず食わず13日目で亡くなりました。

老衰の猫さん、飲まず食わず13日目で亡くなりました。

大好きなネコちゃん。

ネコ夫より付き合いの長いネコちゃん。

私の事が大好きだったネコちゃん。

誰よりも優しく、平和主義だったネコちゃん。

3月28日朝10時過ぎに、私の腕の中でゆっくりと生涯を終えました。

ネコちゃんはネコ家のアイドルでした♪

まだネコ夫と知り合う前に、一人暮らしの私と一緒に暮らす事になった兄弟ネコちゃん達。

小さい頃はヤンチャなオスネコくんから一歩引いたところで、見守っているようなおとなしいネコでした。

保護猫で顔も小さく、自己主張も少ない、人馴れは難しそうと言われていたネコちゃん。最初の頃はいろんなところに隠れてなかなか出てこないネコでした。

布団カバーの隙間に入り込んでいるのに気付かず、バタンバタンと布団を整えているとネコちゃんが飛び出してきた事もあります。

馴れてくると、私の首の上で体を伸ばして寝てみたり、必ず寝る時は顔の近くにいる子でした。

あまり猫じゃらしに興味を示さず、丸めたアルミホイルで1人でひたすら遊ぶのが大好きなネコちゃん。

2回引っ越しをした際も、オス猫くんはキョロキョロと挙動不審に部屋の端をひたすら徘徊したり、隠れれない私の服に顔だけ隠してみたりと兄弟がおびえる中、見守るように平静を装っていたネコちゃん。

ネコ夫が不注意でオス猫くんの足を踏んだ際には「にゃにゃおー!!!」とスーパーサイヤ人さながらに毛をたてながら、ネコ夫の膝を本気噛みに行くような一面も♪ネコ夫は同じ理由で何度も噛まれました(笑)

かまってちゃんなオス猫くんに嫌な顔をしながらも、しゃーなしで受け入れていた姉御肌なネコちゃん。

常に私の上に乗るのが大好きで、ダイニングチェア、ソファー、こたつ、どこに座っていても飛び乗ってきて一緒にいました。

私以外にはあまり懐かず、ネコ夫に間違えて乗った時はビックリした顔をして逃げてみたり、来客時はベッドの下に隠れて出てこなかったネコちゃん。

ネコ娘が生まれてからは、ネコ娘に何をされても怒らず、ネコ娘が泣くとどこからか走ってきてスリスリしたりペロペロしたりと面倒見の良さを発揮していました。

猫同士は残念ながら上手くいかず、家庭内別居状態

兄弟猫くんが亡くなってから、今までよりご飯も食べるようになり、体調を崩す事も以前よりは少なくなったネコちゃん。

取り込んだ洗濯物の上や、日当たりのいいダイニングチェア、緩やかな風と日差しが入る窓の前、こたつの中など、ネコちゃんのお気に入りの場所でゆったりと過ごす事が増えた気がします。

悠々自適の生活が続いた9か月後に、片手に収まるサイズで私の前に現れた新しいオス猫君。殺処分は避けたく、仲良く生活できるかと思って連れて帰ってきましたが、折り合いが合わず。

子猫なので遊んで遊んでー!と近づく度に威嚇するネコちゃん。怖かったんでしょうね・・・結果嘔吐が続き、ご飯も食べれなくなり、獣医と相談して昼と夜で居住スペースを分けての家庭内別居生活になりました。

年月がたって何度か対面を挑戦してみたら、ネコちゃんは威嚇しながらでもご飯が食べれるようにはなりましたが、オス猫君がおしっこが出なくなり、自分の寝床でもソワソワする始末。

結局は生前時に2匹仲良く生活する事は叶いませんでした。

体調不良から亡くなるまでの生きた記録

2月26日の膀胱炎から、何かしらの体調不良が続き、ご飯が食べれなくなり、給餌したものも飲みこめなくなり、最後にご飯を口にしたのは3月15日でした。

→給餌をやめるまでの経緯はこちら←

給餌をやめてからは、予想はしていたものの目に見えて衰弱していきました。

なるべく孤独に過ごす時間を短く!と決めていたので、寝る時もネコちゃんとこたつで一緒に寝る日々。

飲まず食わずでも毎日2回は尿が出る

フラフラの足取りの中でも自力でトイレまで向かって成功する事もあり、トイレからこたつまでの道のりの途中で休憩したりしながら必死で生きていました。

歩く気力もなくトイレを失敗するのは仕方ないので、こたつ布団は尿の匂いが増えていき、自分で汚れた体を綺麗にする事もできないので、お風呂のお湯をしぼったタオルで全身を拭く日々でした。

水飲み場までは行くけれども、前足で水を掻き出すだけで、飲む事は無かったです。

3月26日には17日ぶりの便も出ました。理由は分かりませんが、2回に分けて出たコロコロウンチが血まみれ。肛門も血まみれ、こたつ布団にもペンキで塗ったような血の跡がついていたので、結構な出血量だったと思います。

亡くなる日まで必ず1日2回は排尿していたネコちゃん。本当に頑張りました!

鳴き声はどれもしんどそうな声ばかり

元気な時は名前を呼ぶと、別の部屋にいても「ニャン♪」と短い可愛い声で返事をして顔を見せてくれていたネコちゃん。

体調を崩してからは太い声で「にゃーおー」と鳴く事が多かったように思います。

しんどい時、ご飯の匂いがする時、誰かに来てほしい時、やめてほしい時、意思表示はハッキリしていました。

人間の言葉がよく分かるネコちゃんで、「○○なの?」「○○してほしいの?」と聞くと必ず返事をしていたネコちゃん。

歩行困難になり始めてからは、鳴く事さえしんどいのか、目と耳としっぽで返事する事が増えてきました。

長い時間を過ごしたこたつが大好き

もともとこたつが大好きなネコちゃんは、寒い時はこたつの中、顔だけ出して寝てみたり、こたつ布団の上で寝てみたり、こたつエリアがネコちゃんの居場所でした。

物持ちがよく、こたつ布団は何度も入れ替わるものの、こたつ自体はネコちゃんよりご長寿(笑)慣れ親しんだ温まり方に安心も倍増でしょうね♪

体調が悪くなってからも、必死にトイレに行ったあとはカラーマットで爪とぎをして、こたつに帰ってくるまでがルーティン。

フラフラの足取りでも必ずこたつまでは帰ってくる。そんなネコちゃんを見て、私もこたつで寝る日々を決めました。

こたつから出ても、こたつのラグからはなかなか離れないネコちゃん。フワフワの肌触りが好きだったのかなー?

亡くなる3日前から、夜の就寝はベッドに移動してもらう

さすがにこたつで寝る生活が長くなると、眠りの質も悪く、フラフラ気味な私(汗)

トイレの失敗も続き、さすがに洗わないと匂いがキツくなってきたので、こたつ布団一式を洗濯する日をきっかけに、夜だけベッドに移動。

まだまだ動けるけど体調が悪い時は、ベッドの下に潜り込んで手の届かないところで待機されるからバリケードを作っていました。

なかなかベッドのフレームも重いので、人間の都合でネコちゃんの隠れたい気持ちは我慢してもらう事に!

1日目はフニャフニャ言いながら枕元をチョロチョロしてみたり・・・フラフラやのに高いベッドから飛び降りてみたり・・・やっぱりベッドの下に入ってニャオニャオ呼んでみたり・・・

それやのに起きたら私の枕元におるっていうね(゚Д゚)・・・本気で感動しました!!!

あんなフラフラやのに、もう一回ベッドに飛び乗って、わざわざ私の顔にくっついて寝に来てくれるんや!

朝起きた時に顔にネコちゃんのフワフワがあって、小さな体が呼吸してるのを見て、小さな事やけど幸せでした。

愛猫の最期の予兆は家族には必ず分かる

毎日フラフラで元気はありませんが、亡くなる前日の夜にはいつもと違う予兆がありました。

言葉で表現するには難しい、家族だけが分かるいつもと少しだけ違う変化。

しいていうなら鳴き方、甘え方、伝えたい意思の強さ、過ごしている場所、すべてが少しづつ今までと違うんです。

もしかしたら朝起きる頃には息を引き取っているかもしれない。私自身疲労が溜まりすぎている日だったので、寝ないで起きている事は不可能だと感じてネコちゃんに必死にお願い!

「絶対に孤独にお空にいかないで!朝までは頑張って!無理やと思ったら寝ぼすけの私を起こしてからにして!」

一生懸命頑張ってるネコちゃんに対して、なんて無謀なお願いをしてるんやろう・・・と自分で思いましたが、そこだけは私のエゴで譲れない!!!

最期の時は家族全員でお別れができました

朝9時過ぎてもグースカ寝てる私を「にゃおーん!にゃおーん!」と起こしてくれたネコちゃん。隣の部屋で寝てたネコ夫もネコちゃんの声に反応して起床。

急いでネコちゃんを抱っこしてネコ娘の元に連れて行き家族集合!大好きなこたつのラグにソロっとおろしました。

もうね・・・今までこんな鳴いた事あるかな?ってぐらい、ずーっと「にゃおん。にゃおん。」と鳴いてて、その声が辛すぎて・・・

私達がネコちゃんに伝えたい事がたくさんあったように、ネコちゃんも私達に伝えたい事がたくさんあったんでしょうね。

体調を崩してからは抱っこするとしんどいのか、下ろせ下ろせとクニャクニャしてましたが、この時はスッポリと私の腕に収まっていました。

眉間から頭を撫でられるのが好きなネコちゃん。撫でる度にちょっと目を細めて撫でやすくしてくれるネコちゃん。

抱っこしている最中も時折ニャオーンと鳴いていましたが、顔つきは心なしか穏やかな表情に。たくさんの「大好き」と「ありがとう」を伝えてナデナデ。

3月28日午前10時過ぎ、撫でている指先に眼球が当たって、ネコちゃんの鼓動も止まりました。

愛猫死去後、家族の揃った当日に火葬を決断

ネコ娘と最後の撮影。もう死んでいると分かっていますが、ネコ娘は非常に穏やかな顔で写真に写っています。

猫の死後硬直は早い。少しでも慣れ親しんだ姿勢のままで。

つい先ほどまでは生きていたネコちゃん。悲しみの中でもネコの死後硬直は早いので、ネコちゃんらしいポーズのままでいてほしい。

ネコちゃんはアンモニャイトの丸まった姿勢が大好きでした。ずっと抱っこしていたいけど、硬直が始まると無理に動かせなくなるので、いい大きさの段ボールを準備。

私のTシャツ、ネコ娘からの手紙も一緒に入れて、段ボールに寝かせたままナデナデを続けていました。

腐敗はイヤ!綺麗なままで火葬してあげたい

悲しみの中でも、次の事を考えていかないといけない。兄弟猫は亡くなった翌日にお空に旅立ちました。

神戸市北区の六甲動物霊園で以前供養していただいたので、今回も同じようにお願いする事に。

→六甲動物霊園さんのページはこちら←

この日は日曜で朝から雨。六甲動物霊園さんの火葬受付は14時まで。

ネコ夫は仕事の事情で、翌日と翌々日は火葬受付時間に同行する事は不可。

できればお空に見送るのは翌日がいい。一晩はお家で過ごさせてあげたい。人間だったら死後24時間は火葬不可だけど、ネコちゃんにルールは無い。

でもやっぱり最後の旅立ちの時は家族一緒がいいだろう。火葬後も家族みんなでお家に帰りたいやろう。

いろんな葛藤がある中で、当日火葬する事を決断しました。まだ温かい体温が残っている中で、迷いが払拭される事もなく、車で受付時間ギリギリに移動。

駐車場に着いてもお別れの決心がつかず降りる事が出来ない。情けない事に受付時間を少し過ぎてしまったので、動物霊園さんに電話でネコ夫がお伺いを立てる事に。

断られたら連れて帰ろう!受け入れてくれたらちゃんとお別れしよう!もう自分で決めれなくなり他力本願。その節はすみませんでした。

結果は「駐車場にいらっしゃるんでしたら上がってきてください」と優しいお言葉でした。

六甲動物霊園で個別火葬、返骨をお願いする

神戸市北区にある六甲動物霊園さんは個別火葬、共同火葬の他に、墓地もあり永代供養も可能です。

ネコ家は個別火葬→返骨をお願いしていますので墓地を利用した事はありませんが、見晴らしもよい墓地が綺麗に管理されています。

事務所で受付票を記入していると「以前○○ちゃんの時も来ていただいていたんですね」と。5年前の記録を残してくれていました。嬉しいですね♪

今回の費用は火葬17000円+返骨料5000円+消費税2200円=合計24200円でした。

火葬→骨上げ→返骨までは2時間程かかります

火葬場に移動してから、ネコちゃんを埋葬する台にのせて、線香をあげてお祈りして、お見送りとなります。

衣類や段ボールを一緒に焼いてしまうと、骨がススだらけになるからやめた方がいいとの事で、ネコ娘のお手紙だけ一緒にお空に持っていってもらいました。

火葬中は待合室で待たせてもらってもいいですし、一度離れても大丈夫です。

指定された時間に戻ると、骨になったネコちゃんを骨壺に入れる為に、骨上げを家族で行います。

全部の骨は拾えませんが、丁寧に部位を教えてくれますので、初めての方でもお子様でも一緒に拾えますよ。

小さい骨壺をネコちゃんの名前の入った丈夫な袋に入れて、事務所で白い布を巻いてもらい火葬は終了となります。

玄関の兄弟猫と仲良く並べて、天国で2匹とも安らかに過ごせてるといいな(゚∀゚)

ネコちゃんがお空に旅立って1か月たってみて

亡くなった当日は家族3人泣いて泣いて、次の日も顔がおかしくなるぐらい泣いてました。

やっぱり体温が残ってるまま火葬を選んだ事がネコちゃんにとって辛くなかったか?考えても出ない答えに少し後悔が残っています。

でも生前やれるだけの事はネコちゃんにできたので、一緒に過ごした生きた期間に後悔は一切ありません。

思い返して文章にすると涙が止まらない事が多く、なかなか書ききる事ができませんでした。

家族のそれぞれの現在

私はいまだにまだネコちゃんがいると勘違いする瞬間も多々あり、存在感の大きさを毎日実感しています。

ネコ夫とネコ娘は寂しいようで里親募集を見たり、次の家族を迎えたいと新たな家族探しに励んでいます。

オス猫くんは全部屋開放になり、最初の頃は居場所探しに戸惑っていましたが、今では穏やかな表情の時間が増えてきました。

まだまだ怖がりは健在なので、ガブっと噛まれたり、引っかかれたりは日常茶飯事ですが(゚Д゚)

ネコちゃん今までありがとう。安らかに眠ってね。

ネコちゃんと過ごせた19年はとても幸せでした♪ネコちゃんから教えてもらった事も多く、困った時に思い出す事も多々あります。

いつまでも思い出す度に泣いてたら、ネコちゃんも安心して成仏できないと思うし、今日からは笑顔で思い出すようにするね!

長い間ずっと一緒にいてたくさんの癒しをありがとう。いつまでも大好きです!ヽ(゚∀゚)ノ